私のひとりごと 令和8年2月|スタッフブログ|奈良市の漢方は三笠薬品

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2026.03.07

私のひとりごと 令和8年2月

お正月に、恵命我神散の工場があり、

叉日本の聖地といわれている「屋久島」へ行ってきました。

20年ぶりの屋久島で、前回は季節の良い5月でしたが、

今回はお正月で観光客が随分少なく、

ゆっくりすることができました。

見に行くつもりは無かったのですが縄文杉、紀元杉は雪で行けませんでした。

今回の目的は、工場見学と、

恵命我神散の創始者である柴昌範氏の造られた「屋久島大社」の参拝です。

屋久島空港について、空港でレンタカーを借りて、

屋久島大社へ直行しました。

20年前に行ったときとイメージが違って、

心新たにしてお参りをすることができました。

屋久島は雨の多いところで、着いたその日も雨で、

三泊四日で二日間雨に遭い、大社の参拝するときは、嘘のように晴れて、

神様が私を待っているように想いました。

奈良に帰って、恵命我神散の創始者の生涯「屋久島の聖」を読んで、

感銘いたしました。

薬用植物として古くから伝えられて、

島に野生するガジュツの栽培を思い立ったのは、

柴さんが41歳の時でした。

産業のない屋久島で、将来のことを想い、

叉病人を助けたいという気持ちで、栽培をはじめました。

恵命我神散の主成分であるガジュツは

「ショウガ科の多年草。ウコンと同属。ヒマラヤ産。」と

広辞苑に記載されウコンに似た花をつける。

また、江戸時代の幕府の薬草目録に根茎を乾燥したものを芳香性健胃薬とする。

このガジュツを島の人は、病気の時に塗布したり、

飲んだりして病気を克服していまようです。

信心深い柴昌範さんは、神様から「このガジュツで、病人を救いなさい」と

お告げがあったと言っておられます。

製造も苦労され、販売にはそれ以上の苦労があったようです。

ガジュツの粉をもって病人を探して、

自転車で九州全域を回られたようで、

「病気が治らなかったら、代金はもらわない」と

今では考えられないようなことです。

 ガジュツの薬効は“神の如し”といわれています。

 私は昭和56年3月に開業しましたが、

開業する1年ほど前に、我神散を知ってメーカー、

代理店にこの我神散の効き目は胃腸薬を超えて、

万病に効くと聞ておりました。

当時「明日の健康の集い」という大会を各地区で行い、

愛用者の方から今では考えられないようなことも聞いていました。

創始者の柴昌範氏は「自分よりまず人を」と

いう利他の信念を貫いた生涯であったと聞いています。

 私の尊敬する桜沢如一氏、柴昌範氏。

この方々は同じ時代を生きられてきました。

私がこの仕事をして、この方々のことを知ることが出来、

本当に幸せ者だと思います。

毎日寒いですが、お身体に気をつけてお過ごしください。